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音楽・映画好きの大学生の雑記ブログ

田舎出身の僕は子供が生まれても絶対に田舎で育てたくない

一番大事なこと

僕は今大学生で仮に子供を持つとしてもずっと先のことになるかもしれません。しかし僕が子供を持つとしたら教育を一番大事にしたいです。なぜなら教育はとても得する投資だからです。

 

高卒と大卒の生涯収入格差は約4000万円。大学進学に必要な費用は文系理系、私立国公立、実家暮らし一人暮らしで大きく変わりますが4000万円になると思えば割に合う投資のように思えます。

 

しかし大学にも格差が存在します。必要な学費に大きな違いはないのにその後の大学ごとの平均年収のデータは大きな開きを見せます。

 

それなら少しでもいい大学(偏差値の高い大学)に行ったほうがいいですよね。ではいい大学に子供が行くにはどうしたらいいのか。本人が努力することを一番に思いつくかもしれませんが、僕はそれよりも大事なことがあると思います。子供にとってより良い環境があることです。

 

この記事では教育に必要な環境の観点から僕が田舎で子育てをしたくない理由を書いていきます。

 

 

僕の育った環境

今は東京都内の大学に通っているため都内で暮らしていますが、それまでは東北地方の田舎町に住んでいました。その地の生まれというわけではありませんが、小学校低学年の時に引っ越して来て以来10年ほどは過ごしてきたと思います。

 

転入した小学校は学年全員で70人前後の小さな学校。自分の住んでいる地区の人はそれぞれ最低でも顔見知りで、一番近いコンビニエンスストアは20時には閉まってしまう。そんな町でした。

 

僕はその小さな小学校に転入して、あることに気づきました。僕は周りの人より幾分だけ勉強ができたのです。転入前の小学校が東北最大の都市仙台の小学校で少しだけカリキュラムが進んでいたことが影響していると思いますが、僕と周りの生徒との間には少しだけ差がありました。

 

僕は片親で、母に育てられました。母は高卒でしたが僕をなんとしても大学に入れようと努力してくれました。教育熱心だったと思います。高卒で片親という経済状況で、もちろん奨学金を借りていますが、都内の大学に進学させてくれた母には頭が上がりません。

 

しかし周りの友人達の親御さんの多くはそうではなかったと思います。勉強したいならすればいいし、したくないならしなければいい。こういった風潮があるように感じていました。別に勉強することが特別大事なことだとは思っていないのです。なぜなら自分たち、つまり田舎の子供達の親世代も勉強をして、積み重ねてきたわけではないからです。

 

そういった姿勢はもちろん子供達に伝染します。小学生、中学生にとっては学校が世界の全てです。周りの学習意欲が低ければ自然と他の子供の学習意欲も下がると思いませんか。高い学習意欲の維持できる子もいるかもしれませんが、周りに流されてしまう子がほとんどだと思います。

 

そして田舎の子供達の親世代は圧倒的に高卒が多いです。その先の大学進学のことは経験したことが無いから分からない。そのため教育費用として貯蓄もしていないので学費も払えない。そもそも自分達が子供の世話をするのは高校を卒業するまでだと思っています。

 

高校を卒業したら就職することが「当たり前」になっているのでその子供達も高卒で就職していきます。実際僕の出身中学校の大学進学率は20%ほどだと思います。

 

子供たちにとってはとても残念なことだと思います。低学歴低所得の親を持つ子供は低学歴低所得になる。教育は不平等の再生産システムと叫ばれて久しいですが、単純に所得の問題だけではないと思います。

 

その環境で僕は一流でありませんがそこそこの大学に進学することができました。要因は母が支援してくれたこと、僕はインターネットが好きで情報を簡単に集めることができたからだと思います。

 

僕は運が良かっただけで、本当の問題は全く解決していません。今後も田舎では不平等が再生産され続けるような気がしてならないのです。

 

教育にとって良い環境

僕は大学生になってから周りの人のレベルが上がったなと感じました。両親が大卒なのは当たり前。彼らにとっては大学入学前から留学していたり高校時代は僕の住んでいた地域には無かった予備校に通うのが自然なことです。金銭感覚も自分とは違うなと感じることが多いです。

 

東京の人はみんなレベルが高くお金持ちだと言いたいわけではありません。自分は恵まれていてそこそこの大学に進学できたため、周りにもそこそこの人が集まっているということは理解しているつもりです。

 

しかし、こういった人たちが子供時代に周りに少しでもいるかいないかの差は大きいと思います。上で低学歴低収入の子供は低学歴低収入になると書きましたが、こういった人たちの大部分は高学歴高収入の子供なのではないでしょうか。

 

都市に高学歴な人が集まるのは自然なことですよね。田舎には優秀な人の受け皿が少なく収入も伸びにくいです。なので高学歴な人々の多くは都市の周りで生活をします。

 

高学歴の親は大学に進学することがどれだけのメリットになるか経験から分かっていますし、大学進学は常識だと思っているのでその子どもたちも大学に進学します。

 

そしてやはり子どもは周りの子どもに影響を受けますから、周りの子どもが勉強していれば勉強します。もちろん田舎にも教育熱心な親御さんはいますし、学習意欲の高い子どももいます。しかし本当に大切なことは、勉強することがマイノリティかマジョリティかどうかということです。人はマジョリティに流されるということはここに書くまでもなく分かりきってることです。

 

つまり、勉強することが自然なことである環境はそれだけで大きなバリューがあり、それは都市の周りということです。

 

地方から一流大学へ進学している人がたくさんいるということはもちろん知っていますし、地方であってもそれぞれの都道府県のトップレベルの高校は一流大学へ毎年何人も送り出しています。

 

このような人たちは本当に優秀です。努力もしているでしょうが才能のある人たちです。しかし、このような人たちの存在が都市と地方の教育格差を分かりにくいものにし、ある種の固定観念のようなものを生み出しています。

 

それは、「生まれつき頭のいい子どもが一流の大学に進みエリートになるんだ」というものです。

 

この考えが間違っているとは言いません。事実生まれつきの秀才はどこに生まれようと多くがエリートになっていきます。しかし僕は才能が無い子どもでもエリートになることはできると思います。

 

才能のない子どもはどうしたらいいのか?この答えが僕が一番この記事で言いたいことです。

 

周りに引き上げてもらえばいいのです。

 

仮に自分に子どもが生まれるとして、その子どもが勉強を得意としているなら地方で子育てするのも問題はないのかもしれません。では、不得意だったらどうしますか?スポーツや芸術の世界に進ませるのでしょうか?

 

スポーツや芸術は人よりも得意程度ではお金になりません。それだけで生活していくのは東大に入るよりも難しいと思います。一方で勉強はそこそこでも問題ありません。とてもローリスクですよね。リスクは無いと言ってもいいかもしれません。

 

勉強することは得することだと分かっているから、例え自分の子どもに才能がなくても勉強をしていい大学に行ってほしいと思います。

 

だから自分の子どもは高学歴でエリートな親の子どもたちと一緒に過ごして、影響されていってほしいと思います。その環境で引き上げられてほしい。勉強をすることが普通のことで、自分より常に上がいて追いかけることができる。これが僕の考える勉強するのに良い環境です。

 

まとめ

子どもが勉強するのに最も必要で有用なのは周りに引き上げてもらえる環境。この環境は高学歴の人々が集まる都市でしか用意することができない。だから僕は田舎で子育てをしたくないと思っています。

 

あとがき

僕は一流大学を目指していて失敗しています。自分の能力不足から目を背けるため田舎に批判的になっている側面はあると思いますし、自分の経験から考えて書いているために間違っていると感じる方もいらっしゃるかもしれません。

 

この記事を書いたのは、最近ブログ、フリーランス界隈で田舎が人気の状況に田舎出身としてこういった面もあるよってことを発信したかったからです。

 

僕は未だに東京のどこに行っても混雑している感じに慣れませんし、帰省するとやっぱり落ち着きます。土地も広く食べ物も安くて美味しい。閉鎖的なコミュニティはインターネットでは叩かれがちですが、僕は温かい感じで好きです。

 

ですが「教育」の一点では、都市に比べ劣った環境である思います。

 

余談ですが、ブログ記事としてかなりの長さでダラダラした印象になってしまいました。自分の伝えたいことを簡潔にまとめて綺麗な文章にするのは本当に難しいです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます!

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